八丈島で遊ぼう

八丈島の海や山で遊ぶ人のための安全ガイド。

[ 2012-05 ]

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マグロジギングの考え方

前回述べた、青森のマグロジギングだが、2回の台風で今季は潰れてしまった。

残念だが、諸事情もあって致し方ないだろう。

もっとも、長いスパンで考えた釣りなので焦ってはいない。



そこでで、はないが、こんな書き込みを見つけたので一言。


「以前、釣りビジョンでパパ大津留さんが100キロ超のクロマグロを9時間かけて上げたという話しをしていました。そこで質問ですが、パパ大津留さんほどのアングラーが100キロ超で9時間かかるのでしたら300キロクラスがキャスティングかジギングできたらいったいどうなるのでしょうか?。そもそも釣り上げる事は可能なのでしょうか?」

こんな質問がyahooの質問箱に見つけた。

私が直接、この質問に答えても良いが、どうも発言を曲解されそうなので、独り言としてのべよう。


私が9時間かけたのは、そのタックルバランスや私の年齢、筋力、船長、海域、全ての条件が加味されての事だ。

自然界の釣りに、同じ条件など、まずあり得ない。

だから、この結果だけで300キロクラスを想定するのは無理があるだろう。


まず、この時の状況を述べると、私が9時間かかったのにはそれだけの理由がある。

それは、PE6号、リーダー200ポンドだが、スイベルは小さい、スプリットリングは130ポンド表示だ。

タックルバランスを熟考したとしても、何処かに弱いところはあるものだ。そして、力は弱い所に集中する。

潮流の緩い小泊沖ではなく、地形が複雑で潮流が飛ぶ竜飛沖で、そこで漁師でも取れ難い大型マグロを、60歳過ぎたオイラが釣り上げるのは夢だ。

まして、体力も含めた弱い部分を庇いながら、沖に出てからは150メートルもメートルも潜ったマグロだ。釣り上げるにはその時間が必要と云う事なのだ。

そして、時間をかけ過ぎて、デスダイブ状態になると(死んでしまうと)、それは獲れるものではない。

そのスレスレ、限界まで粘った勝負なのだ(最後はリールは巻けなくなり、リールシートは壊れ、バットエンド部分も取れてしまった)。

全てにギリギリの限界だった。



ただ、単純に体重で時間を計るのであれば、先日の240キロのサメはPE3.5号で2時間強でランデングしている。

であれば、マグロだけが厳しいのかと言ったら、それも単純な考えだ、全てに魚種、サイズだけでは計れない多くの事象がある。


ボストンやニュージランドではライブベイトで300キロ以上のマグロがランディングされている。

松方弘樹さんの見島沖のマグロだって凄いサイズだ。

キャスティングでも佐藤伊知郎君が凄い記録を打ち立てている。

単に300キロのマグロで考えると不可能ではないだろう。



釣りには多くのやり方がありその為のタックルも違う。どれが良いかなんてのは個人差だから、そのステータスの持ち方も様々、同じ土俵には乗れないのだ。


時間をかけたランデングでも。途中でロッドポストに置いて船が引っ張ったり、数人で交替でやり取りしたり、電気ショッカーを使ったり、電動リールを使ったり、様々な場合がある。

私の場合は、ジンパルやハーネスなど一切使わず、スタンディングで、自分の体力だけで、1人やりきる事を目指している。

そこで、9時間15分のやり取りは、自分の中だけでの勲章で、それは誰かに評価を求めるものではないのだ。


そして、もっと大口を叩かせてもらうと、私は漁師達が「絶対に困難だ!」と言う、竜飛側の潮流の速い場所で、しかも通常のジギングで100キロ以上のマグロを、もう一度。それも、9時間以内に取りたいと考えている。そして、それが75歳になるまでの目標なのだ。

狙い定めて、2回も釣ったら、だれもマグレとは云わないだろう。

来年、頑張ろう。

緑寿の釣り

オイラ録寿、66歳だ♬。


誕生日は昭和20年3月11日。あの大震災の日だ。


あれから、5か月も経とうとしているが、いまだ復興は入口にも行ってないかも知れない。

しかし、もうイベントの自粛とか、お祭りの中止など、そんな話にはならないだろう。


それでも、東北で釣りをするのは、少々心苦しいか。


ただオイラは、マグロをジギングで釣る事に長年心を砕いて来た。

3年前に、竜飛で110キロをを超えるマグロを釣ったが、ただの1回ではマグレといわれそうだ。


実は、海外でも数々の釣りをしているが、正直な話クロマグロを始め、キハダマグロ、イソマグロでさえ100キロ越えは無いのだから、そう言われても致しかたない(笑)。


そんなオイラのジギングは不器用だ。

ただヒタスラ、ロッドを振り続けるのだから、自分で云うのも可笑しいが、辛い!。

そんな中で釣れなくても、休みなく、一日10時間以上はロッドを振る。

上手いアングラーはタクサンいる。

そして、皆さんは効率の良い釣りを目指すだろう。

でも、オイラは不器用に自分のスタイルが良い。



マグロのステータスは色々ある。

多くのアングラーはキャスティングだろうか。

確かに、見えるマグロを釣る方が、遥かに楽しい。


でも、あの早い潮流の中で釣りたいのだ。

十三湖沖や小泊沖ではなく、竜飛の潮流の中で釣りたいのだ。

殆ど釣れないかもしれないが、しかし、釣れなくてもジギングで釣りたいのだ。

釣れないオイラの、稚拙なジギングで釣りたいのだ。


それが、緑寿になった男の目標。

多くの、被災したオイラの釣り仲間も、それを望んでくれる。



8月30日から3日間、竜飛のジギングに出かける。

そして、10月10日から3日間、山形の飛島でジギングだ。


来年は被災地でのジギングが出来る事を祈っている。

数字の意味。

この度の東日本の災害、被災された方々の心情は如何ばかりかと思う。

また、亡くなられた多くの方々には、心から哀悼の意を申し上げます。

災害の復興が進まない中で、福島の原発の放射能問題など、先が見えないどころか、ますます深刻な様相すら覗き見えるようだ。

被災された皆さんを励ます言葉は言えても、不安を煽るような言葉など言えるものではない。

心の痛みを胸の奥に仕舞い込み、多くを語らないのが良いのかもしれない。

しかし、あまりにも数字的に因縁めいたものを感じたので、宗教的な意見ではない事を断って、私見として述べたい。



この震災があった日が、実は私の誕生日である。

メーカーからの研修に来ていた鳥澤君と、休息も取らず道具のメンテをしていたので、休憩がてら誕生ケーキを一緒に食べようと、我が家のレストランのテーブルに就いた時に大きな揺れが来た。

3.11は、まさに66歳のメモリアルな年になってしまった。


66歳、録寿である。

この録寿の66という数字だが、遡ると私の生まれた年、いわゆる66年前、原爆が投下された年でもあり、東京大空襲、まさに日本の災難の年であった。

そして、66の素因数分解 2×3×11 だ。誕生日の3月11日、東京の大空襲、原爆投下から66年。そして、この大震災。なんか因縁めいた気がする。

更に、こじ付けのようだが、3.11と9.11、11の偶然だ。

災害とテロの違いはあるが、数字的には似通っている。


ここで言いたいのは、時の流れは全てを忘れさせる。特に戦後震災からの復興だが、66年という月日が高度成長という言葉と共に、あの災害を遠い記憶にした。

9.11の場合だが、その記憶は10年経った今でも、まだアメリカ人の心の痛みであろうか。

しかし、その事がイラク戦争を生み、今のアフガン情勢、パキスタン情勢を生んでいる。

「憎しみは憎しみを生む」というのは誰もが思う事だ。

イラク戦争後でも、それを憂い、アメリカ政府の手法を批判する日本人も多かった。多くの日本人アーティストはイラク戦争反対の歌を歌い、日本のジャーナリストの多くは現地の悲惨さを伝え、批判したはずだ。

しかし、今回の災害では、そのアメリカ軍の大きな厚意に感謝しトモダチ作戦に涙した。


言いたいのは、憎しみや悲しみは、時と共に変わる。記憶もまた薄れる。

しかし、数字はリアルで、それは歴史として刻みこまれる。

私達は、その数字を思い出してみる事が必要では無いだろうか。


1896年(明治29年)明治の三陸沖地震では38メートルという大津波が起きていた。当時でさえアメリカの西海岸にに3メートルの津波があった。

震災のデータが無かった訳ではないのだ。

そのデータがあった上で、10メートル級の防波堤を築いて安堵し、そこに原子爆弾の数百倍規模の原子炉を何十基も築いたのだ。

世界的にも、原発の事故が皆無だった訳ではない。

スリーマイル島原発の事故、チェルノブイリ原発の事故、そん事故があったのに「日本の技術は安全」という、発展、成長の言葉でかき消されてしまった。


誰が悪いとか、何処が悪いといった事ではない。ただ、数字は語っている。


その意味を、私達が確りと胸に刻み込む事だろう。


私の誕生日である3.11 私の年齢66、その数字の意味を、深く記憶したい。




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一回使った、拙い絵ですみません。

J−1グランプリ開催と結果。

確かに、紆余曲折のあったJ−1(ジギング大会)だが、天候にも恵まれ、事故もなく、無事に開催された。

3/11の災害の後であるから、東京都や八丈町に、この大会に開催で中傷に似たメール等があったらしく、そう言った意見もあった。

しかし、フリージア祭りなどの島のイベントが中止になり、島の観光も二次的ともいえる観光被害から自粛の方向ではなく、前向きに進めたいと云う意見が多かった。

そんな中で、八丈町の観光課、実行委員会、参加者などとの協議の上で開催が決められたのである。

なにしろ、私の誕生日である3月11日の震災は、私の出身地である東北が最も大きな被害を受け、仙台に住む私の兄や、多くの友人も被災した。

勿論、この災害には誰もが心を痛めている。ただ、その意見も様々であるから、開催の是非は勿論、参加が正解とか、不参加が正しいとか、簡単には言えるものではない。

その中での開催であるから、ゲストも村越正海は参加したが北村秀行は不参加となった。

その中で、大会前日に台風から温低に変わった低気圧の通過で、前日入りが出来なく不参加になったチームを除いて、60名という参加を見た(70名限定の大会)。

実行委員長である私は、多くの大会やイベントがチャリティーと名を打つ中で、元々この大会は海底清掃などの募金を行っていることから、あえてチャリティーや募金の名を打たず、通常の大会として開催することにした。

ただ、例年の海底清掃募金を災害の募金とする事にしたが、大会参加者全員からの温かい募金があり、37万1千円という大きな募金を頂いた。これにスタッフの募金を合わせると41万円になり、町役場を通して日本赤十字に募金された。

天候に恵まれた大会は、個人優勝の25.7キロのヒラマサを始め、10キロを超えるカンパチやヒラマサが数尾検量され、それは盛り上がった大会になった。


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大会結果

チームの部

優勝    GUIDE(ガイド)B
準優勝   キッドナッパーズA
三位    ネーチャーボーイズA

個人優勝は 村瀬直人 ヒラマサ25.7キロ



この大会から、少しでも明るい話題が提供出来れば嬉しいと考えている。

そして、来年は19回を迎えるが、継続して多くのアングラーが参加される事を望んでいる。

島の憂欝

私はこの島が好きで、20年前に移り住んだ。

なによろも釣りが好きで、この島が好きだ。

島でペンションをやるにあたって、他の釣り宿さんとの兼ね合いからルアーフォッシングを中心に考えた。

今では、すっかりジギングのパパと言われている。

まあ、元々は磯釣りから船のタイ釣り、泳がせの大物など40年のキャリアで釣りをし、メーカーにもかかわって来たので、特にルアー関係の釣り人は知って方が多いだろうか。

当然に、ジギングでは創世記から指導的な役割である。先駆者のひとりと自任もしているので、島では「J−1グランプリ」というジギング大会をやっている。

今年で18回目、に本ジギング史上では最も歴史のある、権威のある大会になった。

島でも、町の観光振興実行委員会の応援も頂き、僅かながら応援を頂いている。

島にも他にもフリージアカップなど釣りの大会はあるが、島外参加者が最も多いのはJ−1だろうか。


ところが、今年はこの未曽有の震災である。

日本国民がみな心を痛めたろう。

私も、仙台にいる兄が被災し、手前みそながら、日本赤十字、釣り振興団体、八丈町、等を通して幾ばくかの募金はさせて頂いた。

島も、フリージア祭りなど多くのイベントが中止になって、観光業に少なからず打撃もあった。

しかし、それも4月に入り、社会全体で「自粛よりも元気な経済活動を」と云うような機運も高まって来た。


観光業が落ち込んだ島も、ゴールデンウィークに向かい、其々の宿泊所が必死で集客をするようになって来た。

そこで、「J−1グランプリ」も開催を決定した。

ただ、この震災があってからのイベントは、何かにつけ「復興支援」「募金活動」「チャリティー募金」と名を打つ。もしかしたら、この震災の募金活動をしなければイベントが行えない雰囲気だ。

「J−1グランプリ」は毎回島の海底清掃の為のチャリティー募金をしている。そこで、大袈裟に震災復興を名打つのではなく、あくまで通常の大会として、通常の募金活動をし、その集まった募金は町を通して日本赤十字の方に募金される、と云う事にした。

今回は、被災地からの招待選手もいるので、心の伝わる募金にしたい。

そして、昨年と変わらない人数の参加者が来る事になった。


ところが、どうも憂欝な出来事があった。

別に気にもしないが、あまりにも情けない中傷だ。

町の方と東京都の方に、「ジギングの大会を中止させろ、町から40万の鐘が出ている。その金で懇親会をし、彼らが酒を飲んで騒いでいるのだから、その金を募金しろ」と云うメールだ。

勿論、40万円の観光実行委員会からの資金は町の方から応援して貰ってるが、その事を知っているのは八丈町の人だけだろう。個人的に私に反発する方だろうか。

最も、名前を名乗った上での意見であれば、聴く事も出来、意見交換もできる。しかし、匿名ではもっともな意見であっても聞き難い。


誤解のないように、このブログで断りたいのは、実行委員会からのお金は、カップ代、ゲスト謝礼、そして今回は被災された東北アングラーの招待に使われ、招待者と取材カメラマンの交通費と宿泊費、それが殆どだ。

勿論、懇親会でのパーティーは参加者から頂く参加費から支払われるもので、それは旅行社を通してホテル支払われる。そもそも、釣り大会であるから朝が早いのだ、酒飲んで大騒ぎする奴はおらん!。

参加者のほとんどは、私の弟子と云っても良く、友人であり、仲間だ。その殆どがホテルに宿泊し、パパズインには僅かに、マエノリの雑誌取材、延泊の映像撮影、まともにお金の取れない取材関係だけ泊める。私は実行委員長だから、そこまで気を配ってやっているのだ。

要するに、この大会は町の活性になり、ホテルや遊漁船、関連業者にお金が落ち、立派な島の為になる経済活動だ。私利私欲などでは絶対やってないし、こういった事から、日本のジギング、島のジギングが盛り上がって来たのだから。


それが、妬み、嫉み、やっかみ、それだけでこんな中傷にも似た、メールを出すのはあまりにも情けない。

この事をあまり、荒げて言うのは大人げないし、何か同じレベル、同じ土俵で物を言うようになるので、ここまでにしたいが、嗚呼、大好きな島なのに〜。

も少しこう云った大会には、協力まで行かなくても、にこやかに拍手喝采して頂きたいものだ。

「残念!!!」。