ジャズボーカル パパの世界 【ライブ情報など】


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Author:papa-otsuru
八丈島在住のミュージシャン、パパ大津留はアングラーとしても有名です。
このブログでは、ジャズボーカル『パパ大津留』として、日々の暮らしやライブ情報、そして少しばかりシュールな詩の世界をご紹介します。



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7月27日のライブ報告です。
7/27(月)のライブ告知です。

四谷のメビウスは2か月ぶりでしょうか。

何時も気持ちよくやらせて頂くライブ、お店のオーナー、スタッフ皆さんには感謝です。

今回は、謎の美女シンガー? 「Emmy」登場です。

昭和の音楽をテーマに掲げるパパのライブは、
オールドジャズ、ブルース、ラテン、そして、
昭和60年代の雰囲気を表現するオリジナル曲が中心です。

その中で「Emmy」(えみちゃん)には、2曲の日本語の曲を、
パパのアレンジで、昭和の情緒豊かに歌ってもらいます。

一曲は古いゆったりしたビギンだが、むしろボレロソンの雰囲気にアレンジされた「黄昏のビギン」。
それと、なじみは薄いかもしれないがメレンゲと言うラテンのリズムで優しい雰囲気の「蘇州夜曲」。

さて、どんな仕上がりになるか楽しみです。

オリジナル曲は、いつも抱腹絶倒になるが、その辺りはメンバー共々、
えみちゃんと一緒に盛り上げます(決してコミックバンドではありません)。


八丈島では、新しいユニットでオールドジャズとブルーを中心にしたライブが、
月にイチくらいですが始まります。


まあ、身の丈で、時間の許す限り、ゆっくりとやって行きたいと思います。

ただ、もうすぐ71歳のパパ、先細りですから、いつ聴けなくなるかも?判りません(笑)。

どうか、お時間の取れる方は、7月27日(土)に是非、四谷のメビウスにいらしてください。

パパのライブ7月27日-NEW1-[更新済み]

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八丈島「ポットホール」、四谷「メビウス」のライブを終えて。
5月19日、四谷メビウスでのライブ、盛況で盛り上がりました。

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このところ、回数は多くないのですが、
2か月に1回ぐらいのペースで続けています。

前々回、八丈島「ポットホール」でのライブは、
アコースティックギター宮野弘紀と女流ジャズピアニスト槙田友紀、
今までとは少し違ったコンセプト、此れも新鮮で楽しかったです。

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ジャズに対しての向き合い方はさまざま。

其々のアーティストによって違うでしょうか。

私の音楽は「楽しくなければ音楽ではない」そんな考えが素です。

勿論、ライブテーマは「昭和のジャズ&ブルース」ですから、
しっとりしたバラードも多く、50年代60年代に耳に残した、
どこかで聞いたことのあるような音作りでしょうか。

ただ、中には抱腹絶倒のエンターティーメントで、
大いに喜ぶお客さんが多い中、「あんなのジャズじゃないっ」
なんてお叱りを受けるほど、羽目も外す時もあります(大方は飲み過ぎ)。

やはり、技術やテクをストイックに表現するより
お客さんと一体になって楽しむのが僕の音楽なのです。

まあ此れも、70歳を過ぎ、長く音楽をやって来た、
私の、喜・怒・哀・楽、生き様の表現と思ってください。


四谷のメビウスでは、まあ楽しく、
沢山お酒を頂いての演奏でした。

友人のボーカル、恵美ちゃん(Emmy)には飛び入りでコーラスを、
そこでまた盛り上がりました。スッチョイスッチョイ。

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終わってからの打ち上げも、更にお酒を頂き、
其処に、昔は僕のバンドメンバーで35年ぶりになる友人の藤田君も参加。

彼は、サックス&フルートの演奏家。
六本木のライブハウス「ケイノブ」のオーナーでもあり、
キューバンボーイズのサックスプレイヤーでもある。

そこで、彼のライブハウスでの新しいユニットの話なども、

恵美ちゃんとのジョイントライブの話も出た。


あまり、手を広げたライブ活動をしようとは思わないが、
それでも、再活動してからの輪が広がっていく。


まあ、いつも来て頂くお客様には感謝の気持ちでイッパイだが、
更に更に、今後とも東京でのライブ活動で助力を頂き、
パパのエンターティーメントを楽しんで頂ければ幸いデス。

僕のライブは、お客さん、バンドメンバー、皆さんの笑顔が絶えないステージです。
ああ、スッチョイスッチョイ(オリジナル曲より)。


アマチュアとプロ
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プロとアマチュアの違い、それは当然、
それで飯を食い、その仕事を生業としてるか?、
趣味や楽しみとしてやっているか?その違いだろうか。

ただ近年、プロは専門家やと言う意味でも使われ、
アマチュアは未熟と言う意味もある。

「あいつは、これをやらせるとプロだから~」。
「あいつは何をやってもアマチュアだから~」。

褒め称えや、侮蔑的な意味にも使われるのだ。

私は、音楽家として活動していた。

音大の作曲科に在学中、アルバイトからジャズの世界に、
そして、キャバレーやクラブで薄給を頂きながら、演奏家になった。

それはお金を頂いていたのだから、プロであろうか。

今考えると、稚拙で未熟だったが、向学心から
手厳しい教えにも耐え、向上心もあった。

そして、年上のバンドメンバーからは、ミスをするたびに
「お前っ、それでもプロか?、プロの端くれだろう」
と叱咤された。

ただ、中退だったものの、多少は音楽教育は受けていたので、
もの覚えは早い方だったろうか?。

でも、そんな若造の頃は、プロとは言い難かったろう。


それから、ある程度は評価を受けるようになると、
20代の後半には、既にバンドリーダーになっていた。

そして、アレンジャーとして、作曲家として、
何本かのレギュラー番組を持つようになる。

この辺りでようやくプロと言えたかもしれない。

しかし、此れも、食えるようになったと言うだけで、
中身は、自分がやりたいという音楽からは程遠い。

リーダーを務めるバンドは、ディスコやクラブで、
休みが月に2~3度しかないキツイ仕事だ。

番組の音楽と言っても、劇間のコントや歌謡曲などのアレンジ。

楽しいはずの音楽が、多くのストレスをため込む、
そんな中で、唯一の楽しみは、
当時、伊豆や八丈島で遊ぶ、趣味の釣りだった。


釣りをやっていると、それは、こんなに楽しい事はない。
「ああ、毎日がこんな仕事だったらなぁ~」と思うようになる。

そして、将来の我儘から、思い立ったら百年目、
あっさり音楽を捨て、八丈島に住むようになる。

「パパズイン」と言うペンションを建て、
アマチュアだった料理をお客さんに提供し、お泊り頂く仕事だ。

まあ、当初の3年ぐらいは、死にもの狂い、意地になって頑張った。

チョットはお客さんが来るようになる。

釣り客の多い島で、当然、好きな釣りだからお客さんの案内もする。

釣りの回数も増え、当初のもくろみ通りだろう。

もともと音楽家だから、テレビ関係の制作会社に知人もいる。
メディアの露出も増えていく。

釣り関係のスポンサーも付きメーカーに関わるようになる。
こうなると、もう釣りのプロだ。

お客様にも、釣り関係の雑誌社にも、プロと認識され、
全国、海外も含み、多くの釣行から誌面を飾るようになる。

八丈島の宿、パパズインは、人を使えない、気を使えない、
そんな私の性格に合っているのか、少ない部屋数のぶん、
固定客だけで十分に賄えた。


でも、気が付いたら、もう70歳になっていた。

今や釣りの世界ではプロだが、そうなるとメーカーさんにも
気遣いが必要になって来る。

プロなのだから、これでお金をもらっているんだから、
誌面を飾る以上、関わるメーカーさんの道具を売らなくちゃいけない。

プレッシャーも多かった、ストレスも溜まっていた。


そのころに、再び音楽を始める。

でそれもライブハウスだけ、しかも、気心の知れたメンバーで、
自分のパフォーマンスと歌だけ。

これは楽しい。多少はお金も発生するので、お客を入れなきゃいけないが、
これも、ほど良いプレッシャーだ。

釣り仲間も来てくれるが、これは仕事を離れた、真に私を好む人たち。

表面上の付き合いもなければ、お愛想笑いもない。

ここで、本当のプロとは?と考えることになる(ちょい哲学的)。


釣りは、70歳になる前に宣言をした。

もう、ここまで頑張ったんだから、あまり魚を前に出したり、
プレッシャーの大きい仕事や、ストレスのたまる仕事はしたくない。

こんな私でよければ、今後も頑張るが・・・的な話だ。


まあ、難しいだろうか。

更に、私の専門である、ジギングは体力的にも辛い。
どの道、頑張ったって、あと4~5年だ。



やはり、何といっても、この年になると、余計な気は使いたくない、
無理はしたくない、ストレスは貯めたくない。

嫌なところには近づきたくない、
ああ、段々、訳のわからない事を言いようになる。


てな訳で、自分の中にあるプロと言う言葉が昔ほど、
光り輝く意味が失せているのだ。

ああ、音楽も釣りも、アマチュアが良いね~、
だけど、「オイラはプロ」と言う気概も持ち続けたい。
自尊心なのだろう。

ああ、今回のブログ、一層、理解不能な話になった(ゴメン)。

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新ユニットのライブ

3月26日(木)は、八丈島のライブハウス「ポットホール」プロデュースで、
世界的アコーステックギターの名手、宮野弘紀と女流ジャズピアニスト槙田由紀、
それと私の、ニューユニットYuki&Miya&Otsuru、『Y,M,O』のライブです.
(取ってつけたような名前ですみません)。

宮野はご存知、マイルスディビスの名プロデューサー、テオ・マセロが見出し、
ニューヨークレコーディングで衝撃デビューしたジャズ、アコースティックギターの草分けです。
(本人は、こう云う宣伝文句みたいな事を言うと、嫌がると思う)
そして、多くの有名ジャズプレイヤーとのレコーディングやステージを重ねて来た。

現在は奥様で、ボサノバシンガーとして有名な伊藤ノリコとのステージも、
定期的に行っている。


ジャズピアニストの槙田は、武蔵野音楽大学からジャズピアニストをめざし
アメリカ・バークリー音楽学院に入学、
帰国後は有名ジャズプレイヤーとの共演も多く、
近年はリーダーアルバムの「ことり」を好評発売。

活躍中の、気鋭ジャズピアニストと言って良いでしょうか。


私は、まあ、キャリアだけは十分だったのですが
(宮野も、彼がが20歳ころ、私のバンドに在籍していたこともある)、
何しろ24年ぶりの復活を果たしたものの、
まだまだ錆の多いJAZZボーカル。

まあ、島では中高年のアイドルで通っているが、
2人の力に頼ったステージになるだろうか。

ただ、宮野は大きくゆったりしたリズムに乗せた彼独特の世界感を表現するギターリストだ。

槙田は、しっかりしたジャズ理論をもとのオーソドックスなジャズ表現を大事にする。

そして、私は昭和のジャズから「楽しく無ければ音楽ではない」的な抱腹絶倒ステージ。
(決してコミックバンドではない)
まあ、喜怒哀楽を表現するエンターメントだろうか。

それは、もしかしたら相当にかけ離れた両極端のユニットかも知れない。

しかし、お互いに気心の知れた間柄でもあるから、
それは其々の音楽スパイスを持ち込み、
五目混ぜ御飯的なステージになるだろうか。

私は、その後に4月19日(日)に、四谷メビウスで、
今までのバンド「Oldman Jazz& bluse mind」
(ベース・高木伸治、バイオリン・森理子、ギター・後藤卓司、ボーカル・パパ大津留)、
そのユニットでライブ行う。

それも、私が今度出版した本(釣りの本)のササヤカな出版記念も兼ねるという、
無理矢理に詰め込んだものだ。

東京近郊の方々は、そちらに来て頂くとして、
取りあえず八丈島のライブは、新曲のふんだんという事で、
来れる人は飛行機に乗ってきてほしい。

そして、五目混ぜ御飯のステージに期待して頂きたい。

YMO




ジャズと発音
再びライブ活動を始めて1年を過ぎた。

古希からの再出発だが、まだ他人(ヒト)に認めてもらい程のレベルじゃない。

でも、幾ばくかのお金を取って聴いて頂いてる限りは、其処はプロでなければ恥ずかしい。


最近、フェイスブックで昔の仲間や、ミュージシャン、シンガーの方とも繋がるようになった。

先日、ギターの宮野弘紀とつながり25年振りの旧交を温めた。
(と言っても彼は僕のバンドのメンバーであったこともありけっこう後輩だが)

まあ、次回に競演する約束で、FB上だが、話を出来たのも嬉しい。


FBの使い方は、皆さんそれぞれだが、日記的な使い方をしている方も多く、
それを読むのは興味深い。

あまり愚痴になったり、批判的になるのは避けてしまうが、
ミュージシャンなりの切り込んだ言い回しだと、特に楽しい。


実力派の女性ジャズシンガーに高樹レイさんがいる。

多くの実力派、ベテラン演奏家との共演が多く、
その歌唱力にも定評がある。

彼女の「深夜のぼやき」、これは楽しい。いや、勉強にもなる。

先日だが、日本人歌手の発音にぼやいていた。

其処には、僕ら日本人が英語の歌を唄う時、
その発音のくせとか気付かずにやってしまう、日本人独特のナマリ、
みたいなものに、鋭く切り込んでいた。

実は、私もそんなひどい英語で歌う一人かも知れない。


半年ほど前だが、代官山でのライブに、友人のドラマー海老沢一博氏と
君子さん夫妻が聞きに来てくれた。

まあ、昔からの仲が良い友人なので忌憚のない意見だろう
「ツル~、お前、発音が悪い。ナマリが酷い」こんな指摘だ。


確かに、彼らのように長いアメリカンライフを過ごしてきた訳では無い。

英語の歌詞と睨めっこ、何回もレコード聞き返して覚えた歌。

それを25年振りで歌ってる訳で、その癖(なまり)が、さび付いたままで取れてない。


ただ、友人の意見は真摯に聴きたい。

このままで済ますつもりはないので、今更だが猛勉強を始める。

英語の先生の前で、一曲一曲歌って、その発音の矯正を始める。

時間が掛かる。


そしたら、ギターの宮野からFBメッセージ。

「大津留さん、古いソンのラテンをやろう」

ああ、スペイン語だ。

う~。スペイン語を教えてくれる先生を探さねば。

オイラの音楽人生、ああ、終わりが無いね~‘。




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