ジャズボーカル パパの世界 【ライブ情報など】


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Author:papa-otsuru
八丈島在住のミュージシャン、パパ大津留はアングラーとしても有名です。
このブログでは、ジャズボーカル『パパ大津留』として、日々の暮らしやライブ情報、そして少しばかりシュールな詩の世界をご紹介します。



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メモリー
kanashii

歌には、悲しくなる歌、楽しくなる歌、色々ある。
それは、その旋律や、調性によるものだろうか?。

「あめあめ~ふれふれ~母さんは~、蛇の目でお迎いうれしいな~、
ピッチピッチチャップチャップランランラ~ン」

この歌はタイトルが漠然として思い出せない。

それは、母親が傘を持って迎えにくる、
そんな明るい唱歌だが、子どもの頃の僕には
なぜか悲しく感じる歌だった。

ぼくの両親は教師である。

それは、雪国、津軽地方で小さな小学校の校長だった父は、
2~3年毎に転勤をくりかえし、
家族もその度に転勤先の学校住宅を転々とした。

そこは、たいがい学校の教室から住宅へと廊下でつながっていて、
当時、学校にあがる前の小さなぼくには、
休日の生徒のいない校舎は格好の遊び場であった。

母はその頃すでに教師をやめていたが、
それでも学校が休日の時には姉と小さなぼくを連れて、
いつも音楽室でオルガンを弾き歌をうたった。

それは、かすかな記憶であるが、音楽室には
バッハ、ベートーベン、ヘンデル、モーツアルト、ブラームス、
などの大きな肖像画が壁いっぱいに飾られていて、
ぼくには何時も、日差しが入り込む暖かい場所であった。

母はいつも元気だったが、
そのわりにはたどたどしいオルガン伴奏で
何時も楽しそうに歌をうたい、
ぼくたちも大声で一緒に歌った。

そんな母の歌った歌の中で、唯一悲しく感じる歌が、
このタイトルを知らない歌、
「ピッチピッチチャップチャップランランラ~ン」
なのだ。

そんな遠い子供の頃の記憶だ。


だいたい、雨の日は湯鬱になる。

それは鬱陶しい空のせいかも知れないが、
その時に母のオルガン伴奏で必ず歌う、
あの歌のせいかも知れない。

その頃の母は、学校の図書室から沢山の本を持って来て
時々読んでもくれた。

記憶に残っているのは「乞食王子」や「母をたずねて3千里」
などのイワユル「母恋もの」や「みなしごもの」。

他にも沢山の本を読んでくれたが何故かこの
「母恋もの」や「みなしごもの」だけが、
私の記憶に残っている。。

その頃はまだ戦後の名残のあった時代だ。

都会にも田舎にも戦災孤児達が溢れていたので、
それは尚更であったのだろうか。

子供心に可哀想なみなしご物語を聞かされる。

「蛇の目でお迎いうれしいな~、
ピッチピッチチャップチャップランタンラ~ン」

こんな歌詞が、どうしても母のいない可哀想な子が
校庭で雨にぬれながらポツンと立っている、
そんな情景が子供心に思い浮かんだのだろう。

それは戦後の貧しかった時代である。

教師の父は休日のたびに食べもの捜しに奔走し、
母の着物は米にイモにと代わっていった。

しかし、ひもじかったが心は豊かで明るかったと思う。

ぼくの幼かったころ、遊び場だった小学校、
晴れの日の暖かい音楽室、妙に明るい母の歌声、
それに比べて雨の日のあの歌だけが、何故か悲しい。

今でも、あの「あめあめ~ふれふれ~母さんは~」、
あの歌を聞くたびに、何故かぼくは悲しくしなってしまう。

そして、そんな僕の母は、先月の3日に
100歳と2ヶ月の生涯を閉じた。



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