ジャズボーカル パパの世界 【ライブ情報など】


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Author:papa-otsuru
八丈島在住のミュージシャン、パパ大津留はアングラーとしても有名です。
このブログでは、ジャズボーカル『パパ大津留』として、日々の暮らしやライブ情報、そして少しばかりシュールな詩の世界をご紹介します。



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母の思い出と弘前。
母が100歳と3か月で逝った。

病気で苦しむこともなく大往生だろうか。

姉の看取る山口で逝ったこともあり、親戚、兄弟が相談のうえ、
6/30に父が眠る、故郷の弘前で納骨となった。

母、そして故郷の弘前に思う事は子供から高校までの、
ものの知らない、青っ白い頃だろうか。

両親が教師だった私は、小学生の頃は常に学校に隣接した教員住宅に住んでいた。

教員住宅と言うと何か今風の2DKとか3DKと思うかもしれないが、
戦後のモノのなかった時代である。

それは、風呂などのない粗末なものだったろうか。

それでも、冬などは部落中で週に1回ほど馬ソリに乗り、
近くの黒石市や弘前に出かける。

それは、お風呂に入り小さなデパートで買い物(大したモノではない)、
それはモノのない時代ではあるが、それでも、心は豊かな暮らしだった気がする。


休日、生徒のいない学校の教室では、私たち兄弟の遊び場になっていて、
体操マットで遊んだり、紙飛行機を飛ばしたり、音楽室では、
母がオルガンを弾き、その伴奏で、大きな声で歌を謳う。そんな思い出だ。


やんちゃだった高校時代だが、母の影響からか音楽に目覚め、
そのまま音楽大学を目指すようになる。

しかし、上京後はニキビ顔だが色気づいた1人暮らし。

直ぐに、魅惑のキャバレーやダンスホールのでバンドのアルバイトをし、
まあ、よくあるアンダーグランドな世界に沈み込む。

それでも、まあそれなりの音楽教育を受け、多少の基礎があったからか、
ジャズの有名ビッグバンドにも在籍することで、
編曲や番組などのコンポーザー的な仕事をするようになる。

何時だったか、「3時で会いましょう」と言う番組で、
雪村いずみさんがナットキングコールの「スターダスト」を歌うことになる。

この番組で月曜の音楽担当は私であり、これは私のオーケストラアレンジでしたものだ。

このクレジット見た母が、直ぐに電話をよこし、
この曲の作曲家がポーギーカーマイケルであること、
そして、この曲が自分にとって思い出深いことを、嬉しそうに話していた。



母の納骨の朝、市内を散歩して回る。

弘前駅前のホテルから、中学、高校の頃に闊歩した懐かしい繁華街。

島暮らしから見ると、様変わりの都会だが、でも
この街にはあまり変わらない風情が見える。

驚いたことに、恩師の実家がやっている、古めかしい万年筆店。

そして、高校生の頃、毎日のように屯し音楽を聴きあさった喫茶店「ひまわり」。

40年前の思い出をよみがえらせるには十分の標だろうか。


いま、島に戻って、この7月29日のライブのレパートリーを選び、
屋根裏から昔のレコードを探し出している。

クラシック音楽偏重から、徐々にジャズに目覚めた、あの頃の音楽だろうか。

「スターダスト」

多分、この曲がオープニングになるだろう。

亡き母が口ずさんでいたのを思い出す。

star dust



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