ジャズボーカル パパの世界 【ライブ情報など】


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Author:papa-otsuru
八丈島在住のミュージシャン、パパ大津留はアングラーとしても有名です。
このブログでは、ジャズボーカル『パパ大津留』として、日々の暮らしやライブ情報、そして少しばかりシュールな詩の世界をご紹介します。



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確かに、力は落ちたろうか?。
島に来て24年。

釣り好きが嵩じて島に来た。

別に音楽から逃げ出した訳ではない。

ちょい、好きな釣りを、目一杯やりたかった。

しかし、ペンションなるものを営って、こりゃ生半可では出来ないと思った。

でも、島に来たのだから、そりゃ釣りはする。

であれば、ペンションを釣り客でいっぱいにすれば良いと思った。

でも、コリャ生半可ではできない。そうとうだ。


その為に、24年間は音楽を封印してきたのだ。

しかし、ペンションも、それなりにお客さんも来るようになって、
またローンなどもめでたく完済、少しは身軽になってきた。

更に、その間に父が逝き、母が逝った。


そして、オイラは68歳。70歳が間近という年齢になった。

もう先が見えてきたと言って良い。



そして、今年の3月に「もう良いではないか」こんな気持ちで、音楽の封印を解いた。



しかし、物事は簡単ではない。

24年のブランクは相当である。

確かに力は落ちたと言うより、ゼロと言った方が良い。


話では、3年のブランクを取り戻すためには、その倍は掛かると言う。

では24年の倍、48年以上の精進がいると云う事か。

その頃には死んでしまうワイ。


勿論、春高楼の花の宴、…昔の光今いずこ~。昔に戻るべくは無い。


でも、音楽のやってない24年だが、この島での生活は、決して無駄ではないだろう。

まあ、なんて言おうか、それなりの人生経験、その吉備は踏んできたろうか?。

そう思いたいし、その思いで前を向かなければ、40年以上一緒にいて、
さらに、この期に及んでのジタバタを応援してくれる、62歳の妻にも申し訳ない。


今年の3月に『24年の攪睡』そんなタイトルで音楽活動を復活した。

簡単には先の見えない活動、。更に、この年なのだから、力強く前進なんてのはあり得ない。


しかし、島での24年を糧に、自分の技、エンターティーメントの熟成を計りたい。


皆さんに、一度は聴いて頂きたいし、口幅ったいが、是非とも
オイラのドンキホーテみたいなパフォーマンスや、ステージへの想いと
果てるまで続けると云う、心を感じて欲しい。


来年は3月頃に都内ライブ、5月には島のライブ、他に4月にも予定はあるのですが、
未だ日程は決めていません。

古いジャズと云うよりは、40~70年代のクラブやダンスホールジャズ喫茶の音楽です。

どうか、興味のある方は、後程に日程を告知しますので、いらしてください。

13_12_28_papa.jpg

ただただ、楽しいです。

テーマ:JAZZ VOCAL - ジャンル:音楽


いよいよ、11月15日(金)です。
さて、先日告知した「代官山・シンプルボイス」でのライブ。

11月15日ですから、いよいよあと数日となりました。


メンバーも前回と同じで、4人編成(ツインリードギター、ベース、ドラム、ボーカル)。

ドラムはブラシのみなので、シンプルなアコースティックライブです。

手前みそながら、長年トロンボーン奏者として活躍してきた私です。

その後30代後半からは、作曲家、アレンジャー、そしてライブはオリジナル曲中心でした。


そして、46歳になって八丈島に移住。その後は全く音楽活動をして来なかったのですが、
今春3月から23年ぶりの復活。その後は、東京や青森など数回のライブ活動です。


ボーカルとしては25年振りでしょうか。

昔の歌を聞いていた方には、かなり当時のようなパワーはないと思われるでしょうか。

でも、現在は68歳。その年齢なりの味が出せれば、良いかと思っています。


とにかく肩の張ったライブではありません。

レパートリーも、50年代、60年代の懐かしいジャズバラードが中心。

殆どが聞き覚えのある曲でしょうか。

昭和のジャズ、懐かしいバラード、そして美味しいお酒を頂きながら、
心地の良い時間を過ごして頂ければ幸いです。

お時間が空いている方は、是非とも聴きに来て頂ければ嬉しいです。

akesesu

http://www.youtube.com/watch?v=yb0rvzeopWE&list=HL1383978143&feature=mh_lolz

テーマ:JAZZ VOCAL - ジャンル:音楽


大事なのは設計図を描くこと。
ライブ演奏での質と言うのは、それぞれの音楽で違う視点捕えられるだろうか。

動きやエンターテーメントを、視覚で訴える部分も多い音楽。

また、目をつむって聴覚に神経を集中するような音楽。様々だろう。

私の音楽は、ジャズのバラード中心であり、静かな音楽だ。

しかし、「昭和のジャズ」と謳っている部分もあるので、語りなど、
エンターテーメントの占める部分も欠かせないと思っている。

私のような、小編成にジャズのイブと言えば、
セッションが主流だろうか。

それは、研ぎ澄まされた神経を集中し、プレーヤー同士が、
音、リズム、スケール、そのテクニックに心を込めて競い合う。

そんなスリルが堪らないだろうか。


しかし、私のジャズはボーカルバラードが中心の静かなもの。

静かに酒を飲みながら聞くのも良し、おしゃべりも含めた、
全体のステージパフォーマンスを楽しむも良し。
また、音量が張らない分、眠くもなる。そのまま眠るのも良しだ(笑)。

そして、メンバーは実力者揃いだが、それでも生粋のジャズプレーヤーだけでは無いので、
その辺りは、ジャムセッションのような感じの音楽はやりたくない。

そして、私はこのバンドではボーカルだが、本来はコンポーザーや作編曲家でもある。

そこで、殆どがジャズのスタンダードナンバーだが、アレンジを加え、
それがオリジナルティーになっているだろうか。

小編成の音楽ほど、豊かな音を聴かせようとするとアレンジが重要だ。

ベースラインに重ねる和声も、ただコードネームを書くのではなく、
一個一個の音をシンプルに、省く音を吟味し重ねる。

絶対にコードネームだけでの演奏では上質な音楽は成り立たない。


昨日、おなじみの「サマータイム」「フライ・ミー・トゥーザムーン」
そしてシャンソンとしてだけではなく、ジャズのスタンダードではお馴染みの、
「枯葉」3曲のメドレー。そのスコアーが出来上がった。

それを、ようやくベースパートを書き終えたが、何か久々に昔を思い出す。

むかし、私のバンドのベースギタープレーヤーは皆泣かされたろうか。

特にベースは、殆どコードネームが少ない。

ランニング部分でさえ、ギターとキーボードの引く音を制限するので、
その分、アドリブ的なベースランニングでは豊かなサウンドにはならないのだ。

その為に、音符で書かれた部分が多くなると、クラシックの演奏家ほど、
譜面に馴れてないジャズプレーヤーは相当苦労する。

そのジャズスケールで飾られた音符は、
うたばん(歌謡曲やポップスのバック)の演奏や
通常のスタジオ録音の比ではないことも多い。

技術的にも、かなり難しいのだ。

今回、書き終えたベースの譜面を見て、
その表現されるであろう音が鮮やかに浮かんでくる。

私の音楽で大事なのは、設計図を描くこと。

バンド活動をやめて24年。それからの復活だったが、
まだ腐っていないかも知れない。

fumen








テーマ:バンド活動♪ - ジャンル:音楽


7/29 代官山「シンプルボイス」のライブ
7月29日 代官山『シンプルボイス』でのパパのライブ。


おかげさまで、予約席30席が、あと残り5席ほどになってしまいました。

有難うございます。


でも、立見席ですが十分にスペースがあります。

まあ、気楽にジャズバーの雰囲気で立ち飲みも悪くはないでしょうか。

僕のライブは、スローバラード中心で大人の雰囲気で、
おやじギャグふんだん?のフレンドリーなライブです。

昭和の音楽、釣り、恋物語、そして業界の裏話など、
楽しいお話もあります。

判りやすい日本語の曲もあるのでお楽しみに(演歌はないですよ~)


Live


Facebook や Twitter からと、直接メールで予約されてた方は、席がリザーブされています。

明日いっぱいは受け付けますが、30席は早い者勝ちですので宜しく(^ ^)。


6:30開場  7:30開演


テーマ:JAZZ VOCAL - ジャンル:音楽


母の思い出と弘前。
母が100歳と3か月で逝った。

病気で苦しむこともなく大往生だろうか。

姉の看取る山口で逝ったこともあり、親戚、兄弟が相談のうえ、
6/30に父が眠る、故郷の弘前で納骨となった。

母、そして故郷の弘前に思う事は子供から高校までの、
ものの知らない、青っ白い頃だろうか。

両親が教師だった私は、小学生の頃は常に学校に隣接した教員住宅に住んでいた。

教員住宅と言うと何か今風の2DKとか3DKと思うかもしれないが、
戦後のモノのなかった時代である。

それは、風呂などのない粗末なものだったろうか。

それでも、冬などは部落中で週に1回ほど馬ソリに乗り、
近くの黒石市や弘前に出かける。

それは、お風呂に入り小さなデパートで買い物(大したモノではない)、
それはモノのない時代ではあるが、それでも、心は豊かな暮らしだった気がする。


休日、生徒のいない学校の教室では、私たち兄弟の遊び場になっていて、
体操マットで遊んだり、紙飛行機を飛ばしたり、音楽室では、
母がオルガンを弾き、その伴奏で、大きな声で歌を謳う。そんな思い出だ。


やんちゃだった高校時代だが、母の影響からか音楽に目覚め、
そのまま音楽大学を目指すようになる。

しかし、上京後はニキビ顔だが色気づいた1人暮らし。

直ぐに、魅惑のキャバレーやダンスホールのでバンドのアルバイトをし、
まあ、よくあるアンダーグランドな世界に沈み込む。

それでも、まあそれなりの音楽教育を受け、多少の基礎があったからか、
ジャズの有名ビッグバンドにも在籍することで、
編曲や番組などのコンポーザー的な仕事をするようになる。

何時だったか、「3時で会いましょう」と言う番組で、
雪村いずみさんがナットキングコールの「スターダスト」を歌うことになる。

この番組で月曜の音楽担当は私であり、これは私のオーケストラアレンジでしたものだ。

このクレジット見た母が、直ぐに電話をよこし、
この曲の作曲家がポーギーカーマイケルであること、
そして、この曲が自分にとって思い出深いことを、嬉しそうに話していた。



母の納骨の朝、市内を散歩して回る。

弘前駅前のホテルから、中学、高校の頃に闊歩した懐かしい繁華街。

島暮らしから見ると、様変わりの都会だが、でも
この街にはあまり変わらない風情が見える。

驚いたことに、恩師の実家がやっている、古めかしい万年筆店。

そして、高校生の頃、毎日のように屯し音楽を聴きあさった喫茶店「ひまわり」。

40年前の思い出をよみがえらせるには十分の標だろうか。


いま、島に戻って、この7月29日のライブのレパートリーを選び、
屋根裏から昔のレコードを探し出している。

クラシック音楽偏重から、徐々にジャズに目覚めた、あの頃の音楽だろうか。

「スターダスト」

多分、この曲がオープニングになるだろう。

亡き母が口ずさんでいたのを思い出す。

star dust




テーマ:音楽 - ジャンル:音楽



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